月の火

仕事は、日に日に忙しくなっていく。いくら準備しても足りない。
どうしたらいいのか、わからないけど、どうにかするしかない。
今日、スーシェフから声をかけられて、仕事のあとの「お食事会」に参加。
(彼はパーティーと言っていたけど、終わった後はそうは言いがたい)
どうも、シェフデキュイジーヌ(あとでキッチンのヒエラルキーを説明する)が、
見たことない人がくるたびに紹介してくれるのから考えても、一応、
将来有望な新人としてみてくれているらしい。それには全く興味はないけど。
ともかく、スーシェフは、スイスから来た人で、フォンデュパーティでした。
伝統的なフォンデュは、パン(サワーブレッド系)と、ピクルスだけで、
楽しむものらしく、彼の井の中の蛙な感じと相まって、参加者が、
(といってもシェフとその彼女、それから次期スーシェフ候補とぼく)
なんとなく、「なんだこれだけ?」っていう空気を醸し出していて面白かった。
ちなみに、この、次期スーシェフ候補の彼がドイツ人なんだけど、いい男。
ほんのり憂いを帯びた、甘い顔をしている。すごい好み。
いい男が好きなので、自分の性癖が心配になるものの、そういう人がいると、
毎日の仕事に張り合いが出る。かわいい女の子はいろんなところにいるけど、
いい男っていうのは、なかなかいないものだ。どうでもいいかそんなの。
現在のスーシェフが、スイスにくる日本人観光客の話をする。
「日本の人はスイスに来て、夏の暑いときでもフォンデュを頼むんだよ」と、
言い出したので、イヤミ過ぎないように、知らないものは頼めないからね、と、
軽く話し始め「日本人は、スイスの食べ物フォンデュしか知らないんだよ」と、
答えておいたら、シェフが、その奥で言いたかったこと、つまり、
「スイスなんてほかに食べ物ないからね」ということを、
ぼくの代わりに言ってくれたので、まあそれで一応満足した。
あのシェフよく観察している。細かい変化をよく見ている。
そういうことに頭が回るのも、結構好きなタイプ。
賢いイヤミを解さない人間はアホっぽいものね。
ばかっぽく振る舞っているのに、細かいところまで見ているのは、
さすがとしか言いようがない。キッチンの仕事なんて、まさにその集大成。
24時過ぎに部屋に戻ってシャワーだけ浴びてから、スーシェフの部屋に行って、
フォンデュといろいろで、結局、3時半までかかった。朝、早かったのに。
とりあえず、お付き合いで、シーシャ(水タバコ)も初体験。
目の下のくまが、疲れているのに加えてシーシャのせいで、まるで、
まあ、その、簡単に言うと、麻薬中毒患者のようになっている。
でも、みんなで、シーシャを共有しながら、話をするというのは、
楽しかったので、東京で一人暮らしの機会があれば、シーシャとゲームで、
なんかみんなでだらだら過ごしたいなあと思った。女の子も呼んで、
こっそりエロいこととかしたいなと思った。うんごめんなスイッチオンで。
この会社には珍しく(本人曰く)、一年半も滞在しているというスーシェフが、
ワイン、ウィスキーを用意していたので、ワインを2種類5杯と、ウィスキー1杯、
ちょこっと飲めたのだから、面倒なことに付き合うのも、そう悪くはなかった。
もちろん、かわいい子と飲む酒の味とは比べ物にならない。一緒に飲みたいです。
本題を忘れないうちに書いておくと、仕事からの帰り道、霧がずいぶんと深くて、
空にぼうっと浮かび上がった月は、まるで山火事のようにゆらゆらと赤かった。
考えるのを、少しずつ、とめていって、そこに残ったのは、やっぱり、
あの月のような赤い火だった。見たことのない色の火。
それが見られただけでも、ここにいる価値があると思った。
キッチンのヒエラルキー

  1. エグゼクティブシェフ
  2. エグゼクティブスーシェフ
  3. シェフデキュイジーヌ
  4. スーシェフキュイジーヌ
  5. シェフトルナン
  6. シェフデパルティエ
  7. デミシェフデパルティエ
  8. コミス1,2,3

明日も一生懸命、楽しく、いやな気持ちになってもおさえて、
働くために、もうそろそろいい加減に寝よう。起きられなくても困る。
耳たぶを唇で何度かはさんだ後、そのまま耳元で起こしてくれると助かる。
そんな感じで、おやすみなさい。そしておはよう。